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ケンゴロウ日記

 
2019-01-08

あけましておめでとうございます

カテゴリー: 日記
皆様、新年明けましておめでとうございます。

ついに始まりましたね、平成最後の4ヶ月。元年生まれとしては感慨深いものがございますが、今年が皆様にとって良い一年となるようお祈りいたしております。

さて、新年早々申し訳ないのですが、今回の話題は年末に田舎に帰省する際に車中で聞いたラジオのことになります。年末らしくMCの方が去年のニュースを振り返る中でシリアに拘束されていた安田淳平さんに触れ、自己責任論を絡めて政府を批判されていたのがどうも引っかかっており、新しい年を迎えるに当たってこのままではいけないと思い、禊をかねて書かせていただきます。



内容を正確には覚えておりませんがおおむね次のとおりです。

自己責任論について、社会契約論の観点から契約者の一方のみが責任を負うのはおかしい、政府も責任を負うべきであり、政府は自己責任論を利用して責任を回避しているのではないか。

まったくなんてことをしてくれるのでしょう。こんなに面白い持論を展開されては運転に支障をきたすではありませんか。ちなみに同乗していた母は「まったくだ。」と完全支持。父は「・・・。」と読書に夢中で聞こえていません。とりあえずその場は運転に集中するため聞き流しましたが、後で良く考えてみると彼の持論にはいくつか見落としている点があります。

一点目は社会契約論に則るならばどういう契約が結ばれているのか、という点です。この場合、国家と国民の契約なので契約書に該当するのは憲法ということになります。では憲法にどのように国民を守るか書いてあるかというと、有名な前文の一節であります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」憲法を見渡してもおおよそこの一節しか見当たりません。つまり、国は国民を護る義務を負っておらず、契約論で言えば、契約に書いていないことで責任を取れといわれても困るのです。付け加えると、現行憲法は一度も民主主義のプロセスを経て国民の信認を得たことがないという問題があります。これは民主主義国家において極めて珍しいケースではないでしょうか。
国の責任を問題提起するならば、憲法やその成り立ち、改正の是非まで踏み込まないと、今回のような表面的で本質のずれた政府批判で終わってしまうのでしょう。

二点目は、そもそも責任とは何かという視点です。責任という言葉には3つの意味があります。一つは負わなければならない任務や義務、二つ目は結果について責めを負うこと、そして三つ目は法律上の制裁を負うこと。これを見て分るとおり、今回の持論では二つの責任を混同してしまっています。契約を結んでいる以上、国および国民双方にはそれを守る責任があります。これは一つ目の任務や義務に当たります。この場合の自己責任論における責任とは二つ目のシリアに行くという行為によって生じた結果に対し責めを負うことであります。今回のラジオにおける言説では上記の二つの責任を混同し、後者の結果責任をも政府が一緒になって負うべきという誤った論証になってしまっています。

三点目は、政府は本当に責任を回避し果たしていないのか、という点。これに関しては特に論証する必要もなく一つの問でおのずと答えが見えてきます。ではなぜ安田氏が解放されたのですか?政府が動かなければ開放されるわけないですよ。菅官房長官も会見で「国際テロ情報ユニットを中心に関係国に働きかけた結果だ。」と述べています。私も今回はじめて知ったのですが、この政府機関をフルに使って解放にこじつけたようです。ではなぜラジオのMCの方は当然のことに思い至らなかったのか。考えられるのは情報の少なさです。人質交渉においては解放された後も交渉過程や内容を公開することは絶対にありえません。その理由は語述するとして、その結果、あれだけ大きなニュースとして扱われても、政府が何をやったかは一切報じられず、何も知らない国民は政府は責任を回避して何もしなかったと思い込んでしまうのでしょう。そうならないためにはなぜ交渉内容が公開されないのか知っておく必要があります。当然といえば当然なのですが、手の内をテロ組織に知られないためです。付け加えると身代金が支払われたかどうかも絶対に公にはなりません。もし払ったなどと公言すればテロ組織に法人はお金になると知れ渡り、他の在外邦人を危険にさらすことになるからです。そしてそれは比較的安全と考えられている地域においても例外とはならないでしょう。これは私の推測ですが、今回の解放交渉においても金銭の支払いがあったと考えています。その支払い方法も日本政府が直接払うのではなく、経済援助や投資を増額する約束する代わりに、忖度して身代金を払ってほしいなぁ~。と第三国にお願いしたのではないかと想像しています。結論として、政府機関のマンパワーをフルに使い、少なくない金額を払った可能性が大きく、政府が責任を回避しているという結論も間違いであるといえます。



長々と書いてしまいましたが、大分スッキリしました。年末に出された課題をようやくやり終えた気分です。このような突っ込みどころ満載の言説は私の大好物であります。間違い探しやパズルをやっているような感覚で楽しいですし、頭の整理ができたり新しい知見を発見できたりしますから。今回は社会契約論における憲法についての整理と二つの責任についての知見を得ることが出来ました。欠点はは私の思考が遅いせいでかなりの時間を浪費してしまうことでしょうか。でもまあ、得られる幸福感に比べればたいした事はありません。

何はともあれ、漫然と情報を受け取っていると今回のラジオのMCさんみたいな考えになってしまうのでしょうね。私も気をつけないと!と決意を新たにした次第であります。皆様も情報の取り扱いにはくれぐれもご注意ください。私の日記も漫然と見ていると大変なことになるかもしれませんよ~?

ということで、今週はここまでにします。改めまして、あけましておめでとうございます。それではごきげんよう。