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座って半畳・寝て一畳

お気楽男のひとりごと・・・
お気楽にご覧あそばせ・・・

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2019-01-17

特殊な服・・・

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

我は物心ついた時から常に特殊な服をよく着せられてきた。


我が幼き頃、着るものどころか食べるのも四苦八苦の毎日であった。

見た目はただの貧乏な小汚い子供である。

学校で物が無くなれば一番に疑われ、その特殊な服を着せられ虐められもした。


周りの大人など誰も信じてくれない。

教師だって虐めなど見て見ぬふりである。

我は虐められない様に暴力を身につけた。

喧嘩に明け暮れる毎日であった。

我は暴力で人を束ね小さな村のお山の大将となった。

そのうちにどこかで傷害事件や窃盗事件が起きれば、
必ずと云っていいほど事情聴取に警察が我を訪ねる。

我がいくら何を云っても聞く耳持たず信じてもらえず、
疑心の目が我にその特殊な服を着せようとした。


そして我の心はさらに荒(すさ)み、女性に心の拠り所を求めた。

毎日毎日狂った様に女性を次から次へと抱いた。

しかしそんな我も一途で真剣な恋をした。

ただ我の想いなど何一つ信用されず

その女性は我が外に出るとなにかにつけ我に

「どうせ、どこかの女と遊んできたんでしょ!」

と、根拠の無い罵りでその特殊な服を我に着せた。



もうお解り頂いていると思うがその特殊な服とは

濡れ衣

と云う服である。


因果応報、自業自得なのは解る。

しかしやってもいない事をやったと云われるのは実に辛い。

その中でも一番辛いのは一番信じてもらいたい人に信じてもらえなかった時である。


つい最近

我が珍しく心を許し開いて信じ、何よりも我の事を理解してくれていると思っていた、
長年少しずつ関係を積み上げた大切だと思っていた人間に我はその特殊な服を着せられた。

虚言の情報操作にその人間はまんまと騙されたのである。

そしてその人間はそれを信じたまま我が前から去った。

本当の真相を知った時に我に特殊な服を着せた事を何と思うのであろうか?

それにしても情報操作をしかけた愉快犯は大笑いであったのであろう。

詳しくは書けぬが心理操作も交え全く火の無い所に見事煙を立てた。

これには強靭な精神力を持つ我もさすがに落胆であり脱帽であった。


しかしである!

我はまた1つ勉強をした。

自分が心を開き沢山の議論を交わし信頼している人間が、
必ずしも自分の事を信頼しているのでは無いと云う事を・・・

ただこの人物は我のプライベートで関わりのある人間であったが故に、
会社の中に関わる人間で無かった事だけは不幸中の幸いであった。


さて・・・

本日も目が覚めれば寒空の中ゴルフである。

気楽な付き合いの爺達は、我に厳しく口は悪いが信頼は出来る。

でもそれが一番かと今は思う。

今日も肩の痛みに堪えコテンパンにやっつけてやろう。

それでは素敵女子の皆様・・・

おやすみなさい・・
2019-01-16

清語りし・・・

カテゴリー: 日記
熱き湯に堕ちゆく鰹節はキリストの断末

聖母マリアの陰毛なる、とろろ昆布は熱きを感じさせぬ様にゆらりゆらり

そうしてカチカチになってしまった我が歪な心の麩(ふ)は、
その中に入り混じりて神の恩恵の元に静かに溶けゆき馴染みゆく・・・

やすらぎとは一杯の澄まし汁

微粒子引き付け逢い合えば濁から清に・・・


汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・


汝にとっての濁から清へと誘(いざな)うモノは何か?

それは一冊の詩集か?

それは一編の心打つドキュメンタリー作品か?

それは汝の心に芽生えた愛の微笑みか?


我にとっての濁から清とは何か?

それはダッフィーと云われるヌイグルミとの語らい。

それは珈琲の豆を挽くミルから漂う空気と馴染んだ香ばしき匂い。

それはふと見上げた夜空に輝く北斗七星の輝き。


我の様なロクデナシのキチガイにも清を感じる瞬間はあるのである。


濁となった心の洗浄は清となりて人を優しくする。


染まってしまったものは完全な純白には戻らない。

しかし限りない純白には近づけると我は思っている。

それに一番必要なものは、

優しさ

である。

優しさの中から思いやりをはじめとした色々な素敵なものが滲み出てくるのである。


心から人に優しくする事

心から自分に優しくする事

心から自然に優しくする事


こんな清が我にも、もう少しだけあったら

我は今よりもう少しだけ、まともな人生を歩けたのかも知れぬ。


たった今からでもいい。

優しく生きよう。



濁「ケッ!よくもまぁこんな胡散臭い日記が書けるもんだねぇ~」

清「はい。モテたい一心で御座います。」

濁「ケッ!清のくせに心にもない事を書いて恥ずかしくないのか?」

清「はい。一発やりたい一心の嘘も方便で御座います。」

濁「ケッ!お前本当に清なのか?」

清「はい。ワタクシハ性で御座います。」

濁「えっ?お前は清ではなく性なのか?清は何処に行ったんだ?」

性「はい。清など元々ありませぬ。ワタクシハ清のふりをした性で御座います。」

濁「・・・・・・・」



駄文、失礼にて候・・・
2019-01-15

イケさえすればいいのです。

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・


汝は虹が好きか?

もし虹が好きならばその前に降りつける激しき雨を我慢せねばならぬ。

汝は虹が好きか?

もし虹が好きならばその前に降りつける激しき雨を好きになっていくのも一考。

汝よ虹が好きか?

もし虹が好きならばその前に降りつける激しき雨を探し追いかけるのが最速。


目標の途中で訪れる忽然と降りつける困難の雨

考え方は人それぞれである。

じっと堪え我慢するも正解

達成はすぐ近くだと思い好機だと思うのも正解

忽然と訪れた困難すらも楽しむのも正解

諦め投げ出すことさえしなければその先に訪れる景色はほぼ同様である。


好き勝手に生きているように見える人は、決して簡単には生きていないのである。

好き勝手に生きる術(すべ)の為の道は険しく、陰でもがき苦しんでいる事も多々なのである。

好き勝手に生きるとは相当な努力の向こうに忍耐力や鈍感力を養わなければならぬ。


好きなものや欲しいもの、目標や自分の好きな生き方

大きな目標も些細な事も諦め投げ出さぬばその先に達成と云う景色がある。

ただそこへのアプローチの仕方は色々な方法があると云う事である。



我は荒れ狂う日本海の真夜中の冬海が好きである。

寒風吹き荒(すさ)む日本海の真夜中の冬海を抱くのが好きである。

我は素っ裸になり仁王立ちをし日本海の真夜中の冬海に向かって射精を試みるが天命。


35戦全敗

未だに我がオタマジャクシは冬海に届かず

時には冬の寒さに手が悴(かじか)みまともに摩擦を出来ず

時には冬の寒さに怯え縮こまり機能すら果たさず

時には逆風に返り討ちにあい我が身に逆噴射して我が身に朽ちる


今年の挑戦は右腕負傷による等加速度運動の不具合により不戦負

しかしである!

我は諦めぬ!


射精は我のロマン

汝は我のオマン

オマン!虎 穴に入らずんば誇示を得ずである!


なお、類義に

虎穴に入らずんば虎子を得ず

という格言があるが

これを

こけつにはいらずんば

と読む人もいるが

こけつにいらずんば

と読むのが正解である。


対義としては


開いた口へ牡丹餅

石橋を叩いて渡る

命あっての物種

君子危うきに近寄らず

命を知る者は巌牆(がんしょう)の下に立たず



などがあるがにて候。
2019-01-14

愛の行間・・・

カテゴリー: 日記
愛は寛容にして慈悲あり。

愛は妬まず、

愛は誇らず、

騎らず、

非礼を行わず、

己れの利を求めず、

憤らず、

人の悪を想わず。



新約聖書の一文より・・・



汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

何故に愛を問うのだ?

愛とはその感情を心の奥に秘め何も問わず、そっと何の見返りも望まず与えなくてはならぬ。

契約の如く「愛してる?」なんて相手に問うた時点で、汝のその愛は崇高で無くなるのである。


愛とは何か?


愛とは








だけである。

「あ」と「い」の間には何も入れてはならぬ。

それ程に愛とは無口で無償でなければならぬのだ。





それは何気なく髪を揺らす微風(そよかぜ)の如く

それは耳を煩わさぬ程の心地のよい川のせせらぎの如く

それは田舎道の土の大地に降った夕立の後の雨の匂いの如く


愛とは自然から感じるやすらかな微粒子の集合体に似ていると我は思う。


「こんなに愛しているのに・・・」

それを何故に相手にぶつけるのだ?

私はこんなに愛している。

それだけでいいじゃないか。

何故に欲しがる?

愛されたいから愛する

愛しているから愛されたい

そんな気持ちは卑しく醜い

人を愛してしまったらひたすらに愛する

それだけでいいのだ。


「あ」と「い」の間に理由を求めてはならぬ。

「あ」と「い」の間に感情を求めてはならぬ。

「あ」と「い」の間には何も入れる事無く

「あ」と「い」がたまに自然に摩擦する時の、
微量の心地の良い連帯感の感触と音と匂いを感じるだけでよいのである。



汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

愛については万人が詩人

汝たちも愛について今一度一考してみては如何であろうか?


我は愛を知らない

知らないからこそ

我は愛を一杯知っている・・・
2019-01-13

馬の背の上にて候・・・

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

我の日記に唯一コメントを送った男子が忽然とこの場所から消えた。

我とは違った意味で問題多き男であったが、突然に何の前触れもなく去った事はちと寂しく思う。

我もいつまでここにいるか判らぬが、舞い戻った折には一言挨拶頂ける事を願う事としよう。

それにしても何故に去ったのだ?

実に不思議である。


それはさておき・・・

我の肩や腕の痛みは首筋からの神経痛だと思っていたが、やはり40肩50肩の症状である。

少なくとも2,3カ月程は治らないそうである。

等加速度運動が上手く出来ぬが故に自慰行為に支障をきたす。

我にとってはまさに死活問題である。

しかしである!

触らなくして放出する方法として雄の場合

夢精

と云うものがある。

性的な夢の中で触らずして発射してしまうと云う症状である。

このメカニズムは何なのか?

夢の中ではイケるのに何故に妄想だけではイケぬのだ!

まてよ!

これには自律神経が関係しているのではなかろうか?

起きている時は交感神経が活発である。

眠っている時は交感神経とは逆に副交感神経が優位となる。

と云う事は起きている時に副交感神経が活発になれば妄想でもイケるのではなかろうか?

副交感神経を交感神経より優位に立たせるにはリラックスをすることが重要である。

どうしたらいいのだ?

取り敢えず癒しの音楽を聴きながら目を閉じ淫な事を妄想してみよう。


ピ~ン、、ふにゃ、ふにゃふな、ぴんふにゃ


う~ん。

ダメである・・・

癒しがどうしても頭の中で淫の邪魔をする。


起きながらにして摩擦する事もなく妄想だけで射精を促す。

他の良い方法は何かないものであろうか?

このままでは我のオタマジャクシ製造工場で長年に渡り働くパートのおばちゃん達を、
一斉に大量解雇に追い込む事になってしまう可能性も示唆せねばならぬ事になる。

それだけは絶対に避けねばならぬ!

なんとかせねば・・・


リラックスにての高揚

起きながらにしての副交感神経の活発化

一度遊園地のメリーゴーランドの馬の背にでも乗りながら目を瞑り淫を妄想してみるか・・・



一句5・7・5・7・7で希望の句を詠んでおこう


馬の背に

生死の種を

解き放ち

白き製紙で

白き拭きとる




本日も失礼致しました・・・
2019-01-12

共依存の定義・・・

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊よ・・・

我は歪な愚形を好む。

栗の香の下で流るる裂けた泉を覆い隠す左右対称の蝙蝠(コウモリ)は、
我が指で舌で口の肺活で一方だけを吸い尽くし左右非対称にし、
双子の蝙蝠から片奇形の蝙蝠に生まれ変わらさねばならぬのだ。

哺乳の際も我は心音の聞こえる乳部だけに執着する。

汝の体に我が創り上げた左右非対称の痕跡を残す。

たとえ数え切れぬ裸体が、目の瞑(つぶ)れた我が前に並んでいても、
我の指先と口と舌の臭覚だけで汝の体を瞬時に見極め貪る事が我の本望。

汝は我の人形でも生贄でもなく歪な愚形の弥勒のヴィーナスとして、
我の神聖な芸術となりて我と云う額縁の中で橙色に輝いて欲しいのだ。

我は体を無臭にした。

汝の好きな匂いを我に付けるがよい。

汝と云う匂いの放つ我の額縁の中で、汝は我の芸術としてそこに在する。

これが我の共依存と云う言葉に対する解釈である。



おっとっと・・・

また訳の分からぬ事を綴っている。

我が頭の中は複雑怪奇

これはさすがにキチガイじみているな・・・

でもこの日記にゾクッとする素敵女子が一人でもいたら・・・

そんな期待も今宵の夜に込めまして・・・

おやすみなさい・・・
2019-01-11

にゃん太郎の弁明・鞭の痴

カテゴリー: 日記
汝よ!

迷える子羊たちよ・・・

他人を探求する前に何故に自分自身を探求せぬのか?

もっと自分と対峙し己の業に対して目背けず逸らさず、
その痛さ(卑しさ、愚かさ、醜さなど)を真正面から肯定するのだ。

そしてソクラテスが如く自分の無知さをいち早く知りそれを理解し、
肯定したうえで身の程を弁え励み精進して他人様を観察するのだ。

ジークムント・フロイトの格言の中に

自分に対してとことん正直になること、

それが心身によい影響を与えるのである。


と云う一文がある。


まずは自分自身の心の背丈を知り縮こまらず背伸びせずに人生を歩むが最も賢明。

自分に多大な期待を持つ事は厳禁

自分を信じ過ぎてもダメである。

時に第三者的な目を持って自分を分析する事が大切なのである。


我は自分の事をロクデナシのキチガイだと思っている。

その言葉で自分に慈悲をかけているのである。

自分に慈悲をかけられない自分を労われない人間が何故に他人を癒す事が出来ると云うのだ!

そして一番大切なのは他人を自分の秤(はかり)の反対側にけっして乗せない事である。

自分と同じ人間なんて1人もいない。

客観的に優劣がつくのは必然なのである。


おっと!

イケない!

ここは弁論大会の場所では無く日記を綴る場所であった。


読み返してみよう・・・

う~ん。

実にカチコチチンポな陳腐な羅列である。


我はこの様な陳腐な事を云う人間が一番胡散臭いと思っている。

そして我はたった今、自分が胡散臭いと云う事に気がついた。

本日、我はまた我の事を1つ知った。
2019-01-10

我との対峙

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

我は我を哀れむ

何故にこの平凡に満足できないのだ!

何故にそれ程に刺激を欲しがるのだ!

何故にひっそりと朽ちる時を待てないのだ!

何故に焦る?

何故に急ぐ?

何故にもがく?

一生懸命働いたんだ!

一生懸命遊んだんだ!

一生懸命生きたんだ!

飯も食える

夜露も凌げる

僅かながらに金もある


それでもう充分だろ!


五月蠅い!

黙れ!

我に我の何が解ると云うのだ!


神は我の寿命の設定を間違えたのだ!

我は神に誓った

朽ちて地獄に行くのだと誓ったのだ!


なのに何だ!

この先に待ち構えるは

肉体の劣化

脳の劣化

心の劣化


神は我に生きて地獄に堕ちよと云うのか!


そうだ!

一曲歌おう

何を唄う?

故・坂本 九の「上を向いて歩こう」にしよう。

いち・にぃ~さん~ハイ!


♪上を向ぅいて~~歩こぉおお~

♪ナメコがぁ~こぼれないよぉぉに~~

♪想い出すぅ~~ナマの日ぃ~~~

♪一人勃起の夜ぅ~~~



これでいいのだ!


ソクラテスの格言に


我々が皆自分の不幸を持ち寄って並べ、

それを平等に分けようとしたら、

ほとんどの人が今自分が受けている

不幸の方がいいと言って

立ち去るであろう。



と云う一言がある。


我の悩みなど世界中の人々の悩みに比べれば贅沢で微量なのは充分に解っている。

しかし卑しき我が心は静寂を良しとせず

人を恨む事なら神を恨む

そして一時の心の平穏を騙し騙し保っている。

我の手に負えぬ我

煩悩の塊

生きる事に怯える我


「だったら死ねばいいのに。」


残念ながら我の精神はそこまで強くない・・・

だから我は生きて死んだふりをするしかないのだ。

なのに我の中の我は我を時折こうして我を叩き起こすのである。

我は人間であって人間でなし・・・

生きる屍なりて候
2019-01-09

軽蔑の向こうに何もなし・・

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える子羊たちよ・・・

我に一通の文が来た。

日記にて或る素敵女子が我を非難し誹謗していると・・・

ただそのお方からの見解のみであり、何をどう綴ってあるのかの文面も解らず、
我を名指ししている訳でも無いみたいであり、その日記を綴った素敵女子が、
本当に我の事を綴っているのか全く別の人間の事を綴っているのかの真相は解らぬが、、、

しかしである!

それが本当に我の事を綴ったのであれば、
それはそれで実に喜ばしい事であるのかもしれぬ。

どの様な内容であれその女子は我の事を書くが為に、
少なくとも数十分と云う時間を日記に費やしたのだ。

それがたとえ我を小馬鹿にして中傷している内容であれど、
その時間は確実に我がその女子の脳の中を浸食していたのである。

我はその女子に対して不快感を持っている訳でもなければ、
例えその日記の内容に脚色が混じっていても一切文句は云わぬ。

それが男なら話は別だが、我はここでの素敵女子達に対しては、
ナメコポコチンは勃てても、問答無用一切腹は立てぬと自戒している。

それに文字を綴るという事は脳の活性化にはとても良い事である。

どんな内容であれどその素敵女子には好きに綴って頂いてもよいものとしておこう。

しかし我もまだまだ中途半端な生もの

小心な上に器量も狭く心も卑しく弱く知れば知るほどに枕を濡らさぬとも限らぬ。

であるからにして、今後はその様な我を匂わす日記を綴っている者がいたとしても、
我にはわざわざお伝え頂かなくても結構であると云う事だけは皆様にお願いしておこう。


その素敵女子が誰だか解らぬ故に直接のお礼は出来ぬのが残念ではあるが、
もしその女子と面識がある人がいるのであればお礼のお言葉をお伝え願う。


どうもありがとう。

これからもよろしくね。

晒すも滑稽

晒されるのも滑稽

大衆は好奇だけを楽しみて候

綴る阿呆に見る阿呆

出来れば一発お恵み願います。




それはさておき・・・

フリードリヒ・ニーチェの格言の中に


軽蔑すべき者を敵として選ぶな

汝の敵について

誇りを感じなければならない



と云う一文がある。


仕事や恋愛やその他の人間関係において今の汝の怒り等の現状の感情の中に、

この

軽蔑

と云う感情がもし含まれているのであればその怒り等の感情は、
自分自身にとっても馬鹿げた無駄な時間を費やしていると云う事である。

そしてそこに自分自身の身になる事など一切ないのである。

軽蔑=脳内からの即排除

これがもっとも賢い選択であると云う事だけは素敵女子の皆様にはお伝えしておこう。
2019-01-08

淫の斜影・・・

カテゴリー: 日記
汝よ・・・

迷える羊たちの沈黙よ・・・

汝はクラリス

我はレクター

狭き視野で判断するからダメなのである。

狭き視野で動けば直ちに穴蔵に突っ込まれ変態蝶々収集家の餌食となるのである。

見えぬものは我の事を一発ヤリタイだけの女たらしの色キチガイと云うがそれは大間違いである。

一発は必然。

我の存在目的の真意はそのずっと前にあるのである。

我は愛しき汝の裂けたビラビラ肉奥の花弁に亀ラっキョの頭を擦り付け、
大きな栗の毛の下で変拍子の不思議なダンスを踊りたいだけではないのだ。

暖かいうちに新鮮な淫の脳味噌を美味しく頂く。

この前戯にこそ最大の快楽が存在するのである。

全能なサイコパスとは刺して変わらぬ爛れたミミズの棲む穴などより、
十人十味の隠れた淫の深層心理を食べたがっている事を忘れてはならぬ。

肉体を使って女性を抱くなどは幼稚

言葉と声で女性をイカせるのもまだまだ蒼い

本物とはその眼光のみで一瞬で相手の瞳の奥を支配し、
心の奥底に赤紫の絵の具を使ってオタマジャクシを描き、

「私にはこの赤紫のオタマジャクシを受け入れる使命がある。」

と思わせるのである。


我の眼光は

淫の眼光

赤紫の絵の具は

洗脳の意思を持って萬汁に馴染む


そろそろ準備が出来ました・・・


さぁクラリスよ・・・

我と睨めっこをしよう。

汝はメドゥーサ

見事に我を石に変えるか?

それとも我の眼光が汝の瞳の奥に入り込み魔を封じオタマジャクシ畑を見せるか?


はっけよ~い・おなった

おなった~おなった~

上手出し舐め~~~



我はレクター

好きな飲み物はネクター

汝はクラリス

クラとリス


実に惜しい名前であるという事を忘れてはならぬ。
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