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SOLILOQUY

ひとりごと

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March 06, 2010 20:38:28

競争

カテゴリー: 日記
私は、“競争するなよ!”と子供に言い続けた。“競争したらお前は負けるで!”と言って育てた。親らしからぬ教育?・・・である。しかし、私自身が、実感してきたことだから仕方ない。
世の中には、少数の成功者と失敗者がいて・・・多くの普通の人がる。 多くの親は、勝ち抜くために努力を惜しまないよう子供に教え、一番競争の激しいフィールドに子供を放つ。そして結局普通の人ととなる。
子供が競争に勝てる器かどうか、自分の子供頃の事を思い返せば分かるだろうに・・・ 競争に勝てる子供は、競争に勝ってきた親の子供か、競争に負けた親を反面教師に育った子供かのどちらかしかない。中途半端に育った子供が勝てる訳がない。
私は、子供の頃“喘息、アレルギー体質、貧血症”学校も3分の一は病欠した。親も諦めていたのか、戦うことを期待されなかった。今では、そんな人生と親に感謝している。今、私は人と異なる感受性と技術と表現力のおかげで、コンプレックスなく生きているのだから・・・
探せば普通の人達にも、競争の少ない、世間から必要とされる、自分にもできることがある世の中だと思う。 先ずは“好きこそ物の上手なれ”・・・子供には好きなことを、とことんやらせて、やりたいことが上手くなっていく喜びを経験させてあげたい。(身を崩すと思われることは止めなくていけないのだろうが・・・)

さて、私の子供はこれからどうなっていくのだろう?やはり心配・・・親馬鹿だ!
March 05, 2010 21:15:46

3周年

カテゴリー: 日記
先日、パリの郊外でオーベルジュを10年間経営していたシェフの、帰国後自分のレストランを始めて3周年記念パーティーに出席した。フランスに戦いを挑んだのが40歳・・・神戸の震災をはさんで50歳で帰国し、紆余曲折の十数年後、3年前に我が町で小さなレストランを開店した。本当に小さな可愛いレストランである。フランスの名門料理学校“コルドンブルー”で日本人で始めてフランス料理を教えたと言う輝かしい経歴からすると、少し小さめのお店かも知れないが、再婚した奥さんと一人の料理見習いとでやっていくには適当な大きさだ。彼の年齢は66歳・・・パーティーには、彼の経歴が物語る素敵な来賓が集まった。

パーティーの最後のスピーチに、彼は私に対する感謝の気持ちを述べたそうだ。私はすでに退席していて、そのメッセージを直接聞かなかった。翌日、直接そのメーッセージのために電話してくれた。嬉しかった・・・

彼が現役で仕事するのも後数年・・・フランス人にフランス料理で挑んだ戦う料理人が、最後まで戦い続ける様を見守っていたいと思う。
March 04, 2010 23:28:26

信力

カテゴリー: 日記
選択肢が一つしかないと、大きなストレスになる。選択肢を多く持つことは、ストレス少なく生きるうえで大切なことだと思うが、生きる意味を考えると・・・ストレス少なく生きるために生きているわけではなく、自分の目指すものを実現するなかで、どうストレスを乗り越えていくかと考えた方が正解に近いように思う。選択肢を多く持つことは人生において目的ではなくテクニックではなかろうか。私は選択肢を多く持つ人が、引き出しを持つことに専念して、目的を見失ってしまっている人を沢山見てきた。当然そうなるとその人は目指すところに到達しない。
大切なことは、目的が実現することをどこまで信じられるかではないだろうか・・・

“信じる力”が小さければ引き出しの数は、単なる気休めにしか過ぎない。

自己実現していくためには“信じる力”を媒介にした努力以上に大切なものはないと思う。
“信じる力”が強力になれば、引き出しの数は大きな問題ではなくなる・・・と思う。強力になれば、世の中が自分を中心に回ってくると思う。
March 03, 2010 10:58:50

曲者

カテゴリー: 日記
先日、私の65歳の友人と話をした。彼は私の言葉を神の言葉だと言った。だがしかし私は人間であり、しかも不完全な生き物であることを自分自身でよく理解している。私が話すことは、組織のトップを経験した65歳の人なら、理解していて当たり前のことだと思う。それを初めて聞いたような態度で素直に私のアドバイスを聞くところが曲者である。彼は、これまでにも幾度となく人を欺き、本当の自分を分からずに過ごしてきたに違いない。今から出会うとすれば近寄りたくないタイプの人間だ。だがすでに関わってしまった私は、これからも、この年上の友人に話しかけることになるだろう。
彼の聞き方は結局自分の思いの実現に都合の良い部分だけ取り入れるているだけで、本来人が話している心を込めた指摘と全く違う理解をする。素直に「有難う。分かった。」というものだから、話がそこで終わってしまう。そのことが、どれだけ周囲を振り回すことになるか・・・
「分からないと言ってくれ!」と叫びたくなる。
私には何度も同じ間違いを繰り返し目標を達成できない素直な(素直そうに見える)友人を・・・私の言葉を神の言葉だと言う謙虚な友人を・・・救うことは出来ないと思う。
彼を見ていると、“分からない。”と言って立ちすくむ人の方が救いがあるように思えてならない。 
生きていると、一目では想像もつかない、厄介な人に出会うものだ・・・ 
March 02, 2010 23:59:59

真剣

カテゴリー: 日記
人生が“修行”とか“学びの場”と言う人たちがいるけれど、私はその考えに共感できない。一生一度の“生”を受けた私たち“人”が失敗の繰り返しを許されていると思うべきではなく、生きるか死ぬかの真剣勝負をするために“生”を受けていると考えたほうが身の為だ。間違いの繰り返しが許される私たちの体を占有している何者か(霊?神?)と(人)である自分を混同してはいけないと思う。少なくとも年をとって人生を振り返った時に“学びの場“であったと感慨にふけっても、未来に関しては真剣勝負で生きるべきだ。
私の周りの幾人かに、“人生を学んでいる人“がいるが、その人たちを見ていると同じ間違いを繰り返す。学びの場では失敗は想定内であるから仕方ないか・・・
人生で“学び”や“修行”が不要だとは言わないが、“学びの場”に身を置くべきではない。

真剣勝負で生きたほうが、得るもの(学ぶもの)が大きいに違いない・・・
March 02, 2010 20:25:10

お茶

カテゴリー: 日記
最近お茶に興味が湧いてきて・・・これまで、コーヒー党であったが、やけにおいしい日本茶が飲みたくなって・・・。“コーヒーとケーキ”というお手軽欧米文化嗜好を素敵なものとして長い間実践してきたが、“日本茶と饅頭”ではなく“濃い目の日本茶と西欧焼き菓子”という和洋折衷が恋しくなってきた。私の子供の頃には、水や日本茶の缶やペットボトルをお金を出して買うなんて考えられなかった。思えば時代が大きく変わったのか、それとも本来の姿になったのか・・・日本茶嗜好は自分が年をとったからではないと考える。おばあちゃんが両手で茶碗を囲い込んで啜る音が聞こえてくるイメージのお茶ではない。スーツ姿で仕事の途中で“一息ついたひと時の一杯”のイメージである。だから饅頭ではない。(かっこいい饅頭ならありだが・・・)焼き菓子なのである。

これから、スマートにおいしいお茶を飲ませてくれるお店が増えてくるに違いない。
私は、平均的日本人であると思うから・・・。

March 01, 2010 07:41:54

甘さ

カテゴリー: 日記
他人に甘い人は、自分にも甘いと言うが、どちらかと言うと私自身も甘いほうに属する人間だったと思っている。厳しければ、今でもこれまで関わった事業の一部でも継続していただろう。私の人生の半分は部下に思いを伝えられないジレンマのなかにあった。この年になって腑に落ちたことは、“私が人の上に立つ器ではなかった”という事・・・残りの人生では二度と組織でリーダーシップをとるつもりはない。
人生における“厳しさ”とは、一本筋が通った自分のルールをもっているかどうかが第一義であろう。“厳しさ”を理解しながらも、そのうえで相対する人によって例外を作ってしまうこと・・・それが“甘さ”だと思う。この年で充分自分の“甘さ”に気がついた私は、これから縦社会で再チャレンジするのではなく、個人プレーの世界で生きたいと思っている。
この年で、その環境の変化を自ら選択できる状況に感謝したい。
個人プレーの世界でも・・・

やはり、自分にはもっと厳しくありたいと思う。
やはり、他人にももっと厳しくありたいと思う。
February 28, 2010 21:36:01

調律

カテゴリー: 日記
ピアノの調律用語で“ユニゾン”という言葉がある。ピアノの中・高音域の鍵盤の一音は3本の弦を同時に打つことによって生まれる。3本のうち1本が断線しても、残り2本でも音は出るわけだが、3本の時と比べると音の響きが微妙に違う。ピアノの調律師は強く打てば切れそうに細い3本の弦の真ん中の音に両端の音を合わせていく。ユニゾンの整った3本の弦が奏でる一つの美しい音色・・・
中心に位置する音にブレが生じると3本の弦の奏でる音は歪を生んでしまう。時間が経って沢山使えば音がずれてくるのは当たり前・・・“家族“も同じかも知れない。中心になる人は常にあるべき姿とズレがないかチェックして、狂った場合には自分も周囲も修正する。そうしなければすべてが増幅して狂ってしまう。中心になる人は自ら優れた調律師となって芯になる音であり続けなければならない・・・

家族が澄んだ音色を奏でる関係であり続けるために・・・
February 27, 2010 20:01:51

開花

カテゴリー: 日記
昨晩、20歳のチェリストとピアニストの演奏会に出席した。ロシア人の先生に師事している若いチェリストは、自分の演奏する曲を演奏順に料理に例え説明した。サラダ・スープ・メイン・デザートというように・・・今まで聞いたことのない解説であったが、妙に納得させられた。
メインの演奏(バッハ)の前に、彼はこんなことを話した。ドイツに滞在した時、あるレストランで1.2kgのアイスバイン(豚の塩漬け)を、ゆっくり、休み休み、苦しみながら一人で食べきった・・・この説明を聞いたとき、西欧のクラシックが私の頭のなかで少し理解できたように思えた。クラシックは肉食人種の音楽なんだと・・・米食う国の青年が、肉食人種の音楽を学ぶなかで、初々しい感性が語らせたクラシックの真理の表現だと思った。
日本人の彼が、ころからどのように欧米人の音楽を悩み・苦しみ・喜び、興奮し、吸収し、開花していくか楽しみに思う。
February 26, 2010 23:42:54

言訳

カテゴリー: 日記
私の年上の友人は、7年前に事業に失敗し全ての財産を失った。そしてその理由を当時パートナーだった人の裏切りのために騙し取られたと考え、裁判所に申し立てたが結局敗訴した。その後いろいろな事業にチャレンジしているが、何一つ実るものがない。その彼が近々、再度元パートナーと裁判で争おうとしている。その人への思いが決着しないと次に進めないと言う。
友人は65歳である。私が彼の立場であれば、全てを失ったという結果を自分自身の大きな足らずと受け止め、新しいチャレンジに専念するだろうに・・・。
彼は事業がうまく行かない今の人生が元パートナーによって狂わされた結果だと“言い訳”しているようにしかみえない。これからも彼が事業で成功することはないと思う。成功者には“言い訳”はない。自分の余命、体力、能力、自己責任を客観的に認識できない者に成功は訪れない。

私なら、それだけ悔しい思いをしたのなら、成功者となって見返すという人生を生きたい。大きく構えれば悔しさは、良い目標、競争相手になるだろうに・・・
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